「この薬、何の薬だったっけ?」
「飲み方、朝だったかな?夜だったかな?」
服薬指導を丁寧に行っているにもかかわらず、患者が数日後にはその内容を忘れてしまっている。これは薬局や病院の現場で日常的に起こっている事実です。
本記事では、「なぜ患者は薬を覚えていないのか?」という現象の背後にある心理的・環境的要因を掘り下げ、薬剤師がこの“記憶の壁”をどう乗り越えるべきかを考察します。
✅ データが示す「記憶のミスマッチ」
複数の研究や現場観察により、以下のような事実が明らかになっています。
- 📉 服薬指導を受けた患者のうち、約50%以上が1週間以内に内容を忘れる
- 📉 高齢者では、記憶保持率が3日後には30%以下にまで低下
- 📉 副作用や飲み合わせに関する注意点を正確に覚えている人は2割未満
つまり、薬剤師が「説明した」という事実と、患者が「理解・記憶した」内容には大きなズレが存在するのです。
🧠 なぜ患者は薬の内容を覚えられないのか?
この“忘却現象”の原因は、単なる物忘れではありません。複合的な要因が絡んでいます。
① 緊張・不安による記憶定着の妨げ
- 「副作用があるかも」と思いながら話を聞いている
- 医療機関に来ること自体がストレス
→ 緊張状態では、短期記憶が定着しづらくなることが脳科学的にわかっています。
② 情報量が多すぎる
- 3〜4種類以上の薬を説明される
- 飲み方・タイミング・注意点がそれぞれ異なる
→ 人間の短期記憶の容量は7±2チャンクとされており、一度に多くの情報を伝えると記憶に残りにくいのです。
③ 専門用語・表現の難しさ
- 「NSAIDs」「眠前服用」「1日3回毎食後」など
→ 医療従事者にとって当たり前の言葉も、患者にとっては未知の単語
④ 説明の一方通行化
- 質問の余地がないまま一気に説明される
- 患者自身が口に出して確認しない
→ “インプットだけ”では記憶が定着しづらく、対話的なやり取りが欠けることで理解率が下がる傾向があります。
🧩 忘れられることの重大なリスク
薬の内容が記憶に残っていないことは、実際の健康行動にさまざまな影響を及ぼします。
リスク | 具体的な事例 |
---|---|
飲み忘れ | 1日3回の服用を2回にしてしまう |
誤用・誤飲 | 飲み合わせの注意を守れず副作用を引き起こす |
自己中断 | 「効かない」と判断し、自己判断で服用中止 |
医師・薬剤師への報告不足 | 「この薬で湿疹が出た」と言わずに再処方される |
これらの問題は、単なる“記憶の問題”ではなく、命や生活の質に直結するリスクです。
💡 薬剤師ができる「記憶に残る説明」の工夫
では、薬剤師としてどのように“記憶に残る説明”を行えばいいのでしょうか?
① 伝える内容は3つまでに絞る
- 薬の効果、飲み方、注意点を最大3つまで明確に
→ 「人間は3つまでなら覚えられる」という心理学的法則(スリー・メッセージ理論)
② 図・イラスト・色分けを活用
- パッケージにマーカーで印をつける
- 「朝・昼・夜」の表を見せながら説明
→ 視覚的な情報は記憶に残りやすいため、口頭説明との併用が効果的
③ 具体的な生活行動に落とし込む
- 「夕食後に飲んでください」よりも
→「お風呂に入った後、歯を磨いたら飲む習慣をつけてください」
→ 生活の流れに組み込むことで習慣化しやすくなる
④ “患者に話させる”ことで記憶を定着させる
- 「この薬は、いつ飲むことになっていますか?」と確認
→ アウトプットによって記憶が強化される
⑤ 家族・介護者への情報共有
- 高齢者や認知症リスクがある場合は、同席者にも情報を共有
→ サポート体制があれば服薬ミスの防止につながる
📈 今後は“記憶に残る薬剤師”が評価される
医療が高度化し、薬の種類や情報が増えるなかで、**“知識の量”ではなく“伝える力と残す力”**が重要になってきています。
評価される薬剤師の新基準
- 📢 情報を「届ける」だけでなく「定着させる」工夫をしている
- 💬 患者の記憶・行動に影響を与える関わりができている
- 🤝 「この薬剤師の話は忘れない」と思われる信頼を得ている
✅ 結論:「説明したか」ではなく「覚えてもらえたか」が重要
薬剤師にとって服薬指導はルーティンになりがちですが、**患者にとっては人生で数回しか経験しない“専門的対話”**です。
- 伝えた=終わりではない
- 伝わった=スタート地点
- 覚えた=行動が変わる第一歩
だからこそ、薬剤師は“記憶に残る説明者”として、医療と患者の「接着剤」のような存在を目指すべきなのです。