台北夜市で“悪魔の手”と言われた少女が見つけた小さな反抗と希望『左利きの少女』

この作品が最も評価されているポイントのひとつが、夜市のリアルな描写です。 湯気が立ち上る麺の屋台、客引きの声、油のはぜる音、湿った夜の空気、人々が行き交う雑踏── それらすべてが、まるで観客のすぐ目の前にあるかのように感じられます。

実は、このリアルさを生み出している理由の一つが、iPhone撮影。 大きなカメラだと人々が警戒してしまい自然さが失われますが、スマホなら 「誰かが撮っているだけ」に見えるため、夜市そのものの姿を自然に捉えることができます。

そのため、夜市の路地は“ただの背景”ではなく、 登場人物たちの気持ちや置かれている状況を映し出す鏡のように機能しています。

主人公イージンはまだ5歳。 大人にとっては当たり前のことも、彼女にとっては理解できない“謎”です。 たとえば、祖父から言われた「左手は悪魔の手」という言葉。

どうして左利きがいけないのか、大人は説明してくれません。 そのためイージンは、戸惑いと悲しみを胸に抱えたまま、 小さな“悪さ”という形で反抗してしまいます。

この子どもの視点は、映画全体を通してとても重要です。 イージンの行動は幼くて衝動的ですが、そこには 「自分らしさを否定される苦しみ」がはっきりと存在します。

観客は、イージンの小さな感情の揺らぎを通して、 大人社会が抱える偏見や押しつけの窮屈さに自然と気づかされます。

この映画は、ひとつの家族を通して女性たちの生きづらさを丁寧に描いています。 シングルマザーのシューフェンは、夜市での屋台を軸に必死で生活を立て直そうとします。 しかし、借金や元夫の残した問題、家族のプレッシャーなど、 彼女の肩には常に重い現実がのしかかっています。

一方、長女イーアンは家計を助けるため、ビンロウ（檳榔）スタンドで 働くことを決意。これは台湾では「過酷でリスクの高い仕事」として 社会的なイメージが強く、イーアン自身も精神的な葛藤と向き合うことになります。

そして次女イージンは、伝統による抑圧と“違い”を理由にした叱責に傷つき、 「自分の左手」を恐れるように。 この三人の物語が交差することで、 世代や立場の違いによって変化する“女性の苦しさ”が浮かび上がります。

『左利きの少女』が世界で注目された理由には、 単なる家族ドラマを超えて、「普通とは何か？」を そっと観客に問いかける深さがあります。

左利きという身体的な特徴は、本来“個性”であって誰にも迷惑をかけません。 しかし、映画の中ではそれが偏見や差別の象徴として扱われ、 イージンの心を傷つけ、家族の関係までも揺らしてしまいます。

観客は、イージンの小さな“反抗”や涙を通して、 「自分は知らないうちに誰かを傷つけていないか」 「自分の“当たり前”は、本当に当たり前なのか」 といった問いに自然と向き合うことになります。

それを押しつけがましくなく、あくまで静かに、 日常の風景の中で描き切る──これこそが本作の大きな魅力です。